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読書は最高の自己投資

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書物というのは、我々人類の歴史において大変重要なものである。
わたしたちが遠い過去の歴史を知り得たのも、過去に残された数々の書物によるものであり、
その時々の事象や知恵や技術などを先人たちが書き残し、後世に伝えて来た。
そうやって人類は今日まで進化・成長してきたわけだ。
過去から代々受け継がれ、蓄積されてきたものに触れ、学ぶことのできる素晴らしさ。
それが読書の醍醐味であり、読書が最高の自己投資たる所以であろう。

学校教育においても、朝のちょっとした時間に朝読書の習慣を設けている学校も多数あるが、
それこそ全国的に、授業の一貫として「読書」という枠を設けても良いのではないかと思う。
若いうちに読書の素晴らしさに触れておけばそれが習慣となり、
その後の人生においても大きな財産となるのではなかろうか。


なぜ読書は最高の自己投資なのか

本というのは、そこに詰め込まれた知恵や技術、著者の思いなど、
技術的なものから心情的なものまで、あらゆるものが継承されるものである。
ゆえに読書は知性と心の感受性を高め、その両方を豊かにする最高の自己投資なわけだ。

普段の生活の中でも、誰かの話を聞いて「ためになった!」「救われた!」
という経験は誰にでもあるだろうと思う。
本の中には先人たちが追求してきた哲学や理論、技術などが詰まっており、
それを現在・未来に渡って多くの人々に伝えたい、という思いがこもっている。
そんな素晴らしいものをたった1500円程度で手に入れ、触れることができるわけだ。

そう考えただけでもワクワクしないだろうか―?

わたしたちは進化や成長の中で、あたりまえのようになったことや習慣というのは、
そのことについて改めて深く考えるような機会が減っていくと共に、
その大切さまでも忘れてしまいがちである。
初心の大切さというのはどんな世界でも言えることだが、
そういったあたりまえになっているようなことにも、必ずその原点となった初心があり、
その原点・初心を深く掘り下げていくことがどれほど大切なことか、
わたしたちはその心を決して忘れてはいけない。

読書の世界には無限の可能性が広がっており、
読書によって悩みを解決するための道が開けたり、夢を実現するための知識や技術を学ぶこともできる。
問題の解決や夢への歩みを手助けしてくれる上、心の感受性も磨かれ、豊かになっていく。
現実に押しつぶされ、理想をあきらめてしまった自分を再び奮い立たせるきっかけにもなる。

人との付き合い方、仕事との付き合い方が良い方向へ改善されたり、
自分に余裕ができることで、他人や動物、自然などのあらゆる生命に対して慈悲の心が育まれ、
自分だけでなく、周りも幸せにする心が育ち、それが自分にも返って来ることで、
自分を取り巻く環境が良い方向へと変わっていくのを実感する。
わたしは読書を始めてから、確実に人生が良い方向へ変わった。

生身の人間一人が、一生のうちに経験できることなどたかが知れている。
当然、そこから得られる気づきや学びにも限界がある。
同様に、周囲の人と触れる時間や、そこから得られるものもたかが知れている。
しかし、読書というのは他人の力を借りずとも、一人の時でも自発的に学ぶことができ、
さらにはあらゆる偉人や先人たちの経験を追体験することもできる。
彼らがあらゆる経験の中から感じたことや学んだことを、
同じように感じ、学ぶことができるわけだ。

そんな彼らにとってもやはり先人がいるわけで、
そうやって遠い過去から代々受け継がれてきたものが本の中にはたくさん詰まっている。
書物というのは我々の可能性を無限大に広げてくれる最高の財産なのである。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

という言葉があるが、この言葉の解釈は人それぞれだろう。
己の経験を軽視し、歴史に振り回されるのもまた愚者である。
本物の賢者というのは、歴史と経験をつなげる。
なぜなら歴史は生きている。歴史は常に塗り替えられるものだ。
歴史に学び、経験に学び、未来を見据えて今を生きる。
過去と現在と未来というのは全て「今」に集約されており、今、この瞬間に生きている。
今、この瞬間に三世を見て学ぶ。それが本物の賢者たる者だとわたしは思う。


自己啓発の本質を考える

自己啓発とは、自らをより高いレベルへとランクアップさせようとすることである。
わたしはこの自己啓発(自分磨き)の意識が、人の成長において最も重要だと考える。
特に読書による自己啓発は誰でも簡単に取り組むことができ、その効果も絶大である。

しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、
自らのレベルを上げるというのは、私利私欲を追求することではないということだ。
金や物など、あらゆる形あるものに対する欲にとらわれていては心が欠落する。
自己啓発の本質とは、心を豊かにすること、人格の向上にある。
それは誰かに勝つためや私利私欲のためではなく、
困難に負けないため、そして負けそうな仲間を助け導くために強くなることだ。
その心をもとに技と体を鍛え、心・技・体を磨くことが自己啓発の本質である。

悩みや苦しみを解決するため、幸福や夢や希望といった理想を実現するため、
己を見つめ、誠の心を磨き、追求・精進していくこと。
本来技術やノウハウというのは、そういった誠の心による行いを実現させるためのものである。
その心が誠から離れ、私利私欲によって拡大していき、技術やノウハウだけが一人歩きし、
誠の心を失ったそれらがどんどん大きくなり、他人や自然を苦しめるものへと変貌していくのである。
結局それも全て自分に返って来て、自分を苦しめることになるわけだ。


自己啓発病にならないために

残念ながら世の中には、人の向上心を利用し、自己啓発を金儲けのツールとして利用する人もいる。
そういった自己啓発ビシネスの罠にはまり、振り回され、自己啓発本をひたすら読みあさったり、
高額な自己啓発セミナーの受講に入り浸ったり、理論と口先だけのノウハウコレクターになったり、
インプットとアウトプットのバランスが崩れて頭がパンクしてお花畑になったり…。
そんなことにならないためにも先述した自己啓発の本質をきちんと理解しておく必要がある。

今の自分にとって、苦悩の解決や幸福の実現など、目の前の問題に対して必要なものだけを学ぶ。
自己啓発というのはしっかりと地に足をつけ、一歩ずつ確実に進むことが大事なわけだ。
常に今、この瞬間の理想と現実をひとつにするために己を磨くこと。
過度な欲望や私利私欲にとらわれ、地から足が離れてしまうと、平気で他人を蹴落としたり、
理想の世界に溺れ、宙に浮いた状態となり、心も身体も不安定になり、ふとした瞬間、
あまりにも大きな理想と現実のギャップに絶望し、自分を見失い、心身共に病んでしまったりする。
そういった現象を「自己啓発病」と呼び、社会問題として問題視する声もある。

何事もそうだが、本質がわかっていれば「本物」を見分けることができる。
私利私欲を満たすための、上辺だけの心ない小手先の技術やノウハウ本ではなく、
誠の心によってそれらを追求している著者の本には、
著者の使命感や熱い思い、清く優しい慈悲心など、著者の心がこもっている。
小手先の技術やノウハウではない。もっと本質的なところを突いている。

そして本も含め何事もそうだが、心を形にするというのはとても難しいことだ。
心の内をまったく同じものとして、形にして誰かに伝えることは無理難題だ。
なぜなら心というのは形として存在していないからだ。
形として存在していないものを形としてイコールのものとするのは不可能に近い。
したがって、文字や言葉、そこにある形だけを鵜呑みにしてはいけない。

何を言っているかではなく、何を言わんとしているのかに注目すること。
この人は何を伝えようとしているのか?そこに隠された心を見つめること。
何か疑問が生じたらその疑問の正体をありのままに心でとらえる。
頭で理論的に展開して無理矢理理解しようとすると、真実から離れて飛躍し、
自分の中にある固定観念や我見で誤った決めつけや思い込みを起こし、
事実をねじ曲げて相手が伝えようとしたことと違う受け取り方をしてしまう。
大事なのは曇りなき純粋な心で、本を通して著者と素直に向き合うことだ。

そして「あの人がおすすめしてたから間違いない!」と本に対して変な先入観を持ったり、
「この人の言ってることだから間違いない!」と著者に対して変な執着心を持ったり、
そういった偏見や固定観念を持つと、誤解や洗脳に陥る危険性があるため注意すべきである。
この世に完璧な人間など存在しない。
いくら素晴らしいことをたくさん言っていても、少しは変なことも言ってたりするものだ。
だから何者にも依存せず、ひたすらに誠の心に従うことが大切だとわたしは思う。

例えば9正しいことを言っている人がいたとしても、1は間違っていることもある。
その正しい、間違っているという判断も人それぞれで、その判断基準は各々の心次第である。
本にしても人にしても何にしてもそうだが、一冊の本として、一人の人として、など、
くくりを設けて一概に判断をくだすのではなく、言葉や行動、その一つ一つに意識を向け、
その出所となる心の有様とありのままに真摯に向き合うことが大切だとわたしは考える。

9正しいと思うがゆえに、残りの間違いだと思う1までも正しいと思い込んでしまったり、
9間違っていると思うがゆえに、残りの正しいと思う1をも疑ったりするのではなく、
9正しいと思うものは正しいと素直に受け止め、
1間違っていると思うものはそれを問いとし、自分なりの正しい答えを探し出せば良い。
そうやって周りに流されず、ひたすらに己の心に誠を問い続ければおのずと答えは出てくるはずだ。