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自分磨きとは、心の鏡を磨くこと

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自分磨きとは、単なるスキルアップ等ではない。
技術を「ただの技術」として身につけても、それは本物の技術ではない。
その技術を生み出した「心」を身につけてこそ、はじめて本物の技術と呼べる。
素晴らしい技術が心ない人の私利私欲に利用され、人を惑わせ、苦しめることは多々ある。
心ないものに操られてはいけない。人の心を真に動かすのは心だけである。

自分磨きとは、それは即ち「心の鏡」を磨くことである。
人は他人や世間を見る時、必ず自分というフィルターを通して見ている。
要するに自分の鏡に映ったものを見て判断しているわけだ。

鏡というのは、汚れていたら綺麗に見えない。
ありのままの姿を映し出すことができないわけだ。
つまり、自分の心の鏡が汚れていたら、見るもの全てが汚れて見える。
汚れているものはもちろんのこと、本来綺麗なものまで汚れて見えてしまう。
鏡が綺麗であればあるほど、ありのままの姿を映し出すことができる。

他人や世間の文句ばかり言っているような人は、自分の心の鏡が汚れている証拠である。
他人や世間というものは個として存在するものではない。その実体はどこにも存在しない。
全て自分というフィルターを通して、自分の鏡に映ったものでしかない。
すなわち、世界というものは自分の心の中にしか存在しない。
その目には見えない心が鏡の映し合いによって縁として仮に表れているだけに過ぎない。

それは何も他人や世間に限らず、自分が自分と認識している人間もまた同じである。
自分という存在もまた、他人や世間を映し鏡として認識している姿に過ぎない。
その実体が個として存在しているわけではないのだ。
全ては縁によって仮に表れている姿に過ぎず、その実体は空である。
その仮の姿が実体なわけでもなく、姿として仮にも表れているわけだから完全な空でもない。
そのどちらにも偏らないがどちらの要素も含んでいる、ありのままの姿こそがそのまま真実なわけだ。

だからどんなに他人や世間に不満があっても、
それは他人や世間に問題があるのではなく、もしかしたら自分の鏡が汚れてるのかもしれないと、
相手や世間のせいにせず、ひたすらに自分の心の鏡を磨き続ける姿勢が何よりも大切である。
そうすることで自分の鏡もより綺麗になるし、相手もそこに映った自分を見て、
それまで見えてなかった自分の汚れに気がつくかもしれない。
最初は不満に思っていたことでも、大抵のことは磨いている内に解消しているものだ。
そして自分が何をすべきなのかが自然と見えてくる。そしたら後は行動するだけだ。

自分が変われば相手も変わる。相手が変われば自分も変わる。皆が変われば世間も変わる。
良い縁の連鎖のきっかけを生み出すのは、いつだって自分自身の誠の姿勢と一歩の勇気だ。
逆に言えば、悪い縁の連鎖のきっかけを生み出すのもいつだって自分自身なのだ。

この世の全ての問題を己の心で受け止め、乗り越え、解決していく。
なぜなら「この世」とは、自分の心の鏡に映った世であるからだ。
即ち、「世界を変えるとは自分を変えること」である。
その責任を他人や世間のせいにして逃げてはいけない。
その責任転換、責任放棄の逃げの姿勢こそが全ての悪の根源である。
その悪い縁の連鎖を断ち切るのは自分自身でしかない。決して飲み込まれてはいけない。

他人を馬鹿にする人は他人からも馬鹿にされている。
他人を尊敬する人は他人からも尊敬されている。
器のでかい人と接すると自分のちっぽけさを痛感するのは、
綺麗な鏡の前に立つと自分の鏡の汚れがよく見えるからだ。
その汚れとどう向き合うのかが自分磨き、即ち心の鏡を磨く作業だ。

汚れた鏡同士で映し合っていれば、自分の汚れを見なくて済む。
しかし、その汚れと向き合わずに見て見ぬ振りをしたり、
自分より汚れた鏡を探しては「お前の鏡は汚れている」と優越感に浸ったり、争い合っても何も解決しない。
どんなに目を背けても、綺麗な鏡の前ではその汚れを誤魔化すことはできない。
自分に嘘をつくことはできない。大切なのは逃げずに向き合うこと。

自分の汚れを映し出す綺麗な鏡に出会ったなら、その汚れと向き合い、磨いて綺麗にする。
また、自分だけはでなく、一緒に頑張ろうと見つけた綺麗な鏡を人にも薦め、共に成長する。
しかし、汚れがなくなったからと言って、決して満足してはいけない。
もっと綺麗な鏡の前に立つと、今まで見えなかった汚れが見えてくるだろう。
そんな綺麗な鏡を求めて、求道心を持って良き縁を結び、同志と共に己の心の鏡を磨くべく日々精進する。

そうやってどこまでも綺麗な鏡と向き合い、自分の鏡と向き合い、磨いていく。
合わせ鏡のように、鏡と鏡を合わせたその間に、その先に何が見えるのか。
それは鏡を綺麗に磨けば磨くほどより鮮明に、より奥深くまで見えてくる。
己の心の中をどこまでも深く覗き込み、どこまでも綺麗に磨き続ける。
自分磨きとは、そういうことだ。


MY FOOT / the pillows 歌詞

Funny Bunny / the pillows 歌詞